これからの時代の学びのあり方とは:Hyper Island APACのプログラムリーダー、パヴィター氏インタビュー
テクノロジーの進化と共に、教育のあり方も急速に変わっています。その最前線で活躍するのが、Hyper Island アジアのコース責任者、パヴィター氏です。デジタル領域で20年以上の経験を持つ彼は、現在、革新的な学習形式の設計と開発に情熱を注いでいます。今回は、企業向けコースのファシリテーションのために初来日したパヴィター氏に、生成AIについて、そして日本とシンガポールの教育の現状と未来について、彼の視点からお話を伺いました。
インタビュイー:MR. PAVITER SINGH
生成AIの利用とその影響
-最近話題となっている生成AIについてお聞きしたいと思います。パヴィターさんは仕事などでAIをどのように活用されていますか?
一言で言うと「buddy」、つまり信頼できる相棒のように使っています。かなり仕事の助けになっています。たとえば、アイデアを軽くまとめたいとき、視覚化したアイデアが欲しいときなどに使います。ただ、ここは念押ししたいのですが、最終的なソリューションとしてAIを使って出すということはしていません。何かドラフトを作りたいとか、形にしてみようかなというときに使うようにしています。ただ、皆さんお気づきではないかもしれませんが、実は結構昔から、AIは使われています。たとえば予測変換や検索エンジンのサジェスト機能もAIを利用したものです。実は長い間、身近にAIはあったのです。ただ、ChatGPTが出たことで一気に注目を浴びているのではないかと思います。
私自身はiPhoneユーザーなので、Apple Intelligenceに注目しています。これがどのような変化をもたらすのか、楽しみにしています。
-生成AIの普及によって、デザインや執筆といったクリエイティブな作業がより多くの人に開かれるようになり、間口が広がっています。この変化は興味深い一方で、低品質な作品が大量に作られることも懸念されています。さらに、pixivなどのプラットフォームでは、AI生成作品に関するルールがまだ確立されておらず、作品に「AIで作られています」というタグを付ける必要がある場合もあります。
今は様々な国で生成AIに対するポリシーやガイドラインが作られ始めています。どのように人間がもっている尊厳を法で守るのかというところが、AIを語る上では切っても切れないものだと思います。どういう法整備をしたらいいのか、そしてどうAIと共存していくのかというところはまだまだ考えなければなりません。
イーサン・モリック氏が書いた『Co-Intelligence』という本があります。この本では、AIとの働き方や考え方について論じています。まず、AIは、すべてあなたの代わりになってやってくれるものではないから、人間がAIのサークルの中にいて関わっていなければならないということを述べています。そしてAIを使うときは、彼をアシスタントのように使うことを推奨しています。具体的に何をしてほしいかの指示を出すことが必要です。
また、今出ているAIというのは、一番悪いバージョンだと思ってください。なぜなら、AIは日々進化しているので、これからより良いバージョンが出てくるということを念頭に置いていただければと思います。
もしAIに制限がない場合、とんでもない結果が出ることがあります。たとえばペーパークリップを作ってほしい場合、すべてのものを消費してまでもそれを作ることに焦点を当ててしまう可能性があります。つまりどうなるか。まずそれを作り続けます。すると鉱物資源が枯渇します。そうするとどこかから採掘しなければならなくなります。そこで動物を殺して作るという指示がでます。それもなくなったらどうなるかというと、環境や世界を破壊してまで作り続けてしまうというシミュレーションが出ています。ここでの学びは、シンプルなタスクや指示だとしても、しっかり制限や指示をしなければおかしなことになってしまうということです。
Hyper Islandでは、人間的な要素を大切にしています。AIは過去に起きたデータから、モノを作ったり生成したりしています。今は、人間的な観点で未来を予測することはAIにはできません。ですから、その二つのバランスをとることが非常に重要です。
その通りです。面白いと思うのは、今はトレンドとしてAIがきていて、AIが主役になっていると思うのですが、これがそのうち人間が中心という考え方になっていくと思います。人間が変化を牽引していくこと、それがワクワクする未来想像図だと思います。
でも同時に、AIにはリスクや恐怖もはらんでいると思います。これは世界経済フォーラムで言われていたことですが、AIがはらんでいる大きなリスクが、誤情報と偽情報です。これにより、大きな被害がもたらされることがあります。そのようなリスクを乗り越えることができれば、他の大きなリスク、たとえば経済的なリスクや、環境破壊、気候変動などにも働きかけることができるのではないかと思っています。
-AIを使うことによって思考力が低下するのではないかといった指摘も一部では聞かれます。このことについてどう思いますか。
考え方を変える必要がある、というのが正しい捉え方なのではないかと思います。AIが存在していなかったとき、日々同じことを繰り返すタスクを行っていたと思います。それを今AIは高速化してくれています。つまり、またクリエイティブなことをする余地が生まれるということで、それは素晴らしいことですよね。同時に、時代は変わってきています。AIが存在しているこの世界で、伝統的な教育方法が正しいのかと言われたら、どうでしょう。考える必要が出てくると思います。
トーマス・フリードマン氏が書いた、『Thank You for Being Late(日本語版:遅刻してくれてありがとう)』という本があるのですが、ここでは、急速な社会の変化に適応していかなければならないということを述べています。つまり、AQ(適応指数)を高くしていかなければならないということですね。私たちのマインドやクリエイティビティを高めていくということです。ここで言うクリエイティビティとは、グラフィックなどの審美的なものではなく、未知のもの、未知かどうかもわからないレベルの問題を解決する、つまり創作力が必要な問題を解決するということを指しています。ですので、オートメーション化や、AIに代わりにタスクをやってもらうということは良いことなのではないかと思います。
-AQ(適応指数)を高めていくということは、まさにHyper Islandが目指していることであり、Hyper Islandの役割は大きいですね。
はい、まさにHyper Islandとしては、重要な役割を持っているのではないかと思います。Hyper Islandは、「未来や、未知のものに対しての準備をする」ということを行っています。たとえば、未来予想図を描いて、会社やビジネスとしてどのようなスキルが必要で、どのような未来が来るかということを考えて、その準備をする、種を植えるということも提供しています。
-日本(Hyper Island Japan)でも、この7月からあらたにオープンコースとして、「フューチャーシナリオ」が始まりました。
とてもワクワクします。実は私は、フューチャーシナリオの分野で博士号を取ろうと思っています。やはり未来に思考を置いて、それを具現化していくことはとても大事なことだと思います。
スマートフォンにしても、過去のフューチャーシナリオが具現化したものが形になっていますよね。昔、1920~30年代に、実際にその場にいなくても、人の顔を見ながら話せたらいいなと思っていたことが、今実現しています。映画『スター・トレック』に出てきたものも現実化していますよね。『マイノリティ・リポート』という映画では、犯罪を解決するシーンで、タッチスクリーンを使っています。今は、空飛ぶクルマはまだ実現していませんが、スペースXをはじめとして民間用のシャトルがローンチしていますよね。ハプティクス(Haptics)の分野でも、様々な面白いものが今実現しています。研究室の中だけではなく、外でいろいろな機会ができているというのは面白いことだと思います。
世界の中でのHyper Island Japan
-Hyper Island Japanが発足して数年経ちましたが、どう見ていますか。また日本に期待することはなんでしょうか。
Hyper Island Japanは設立から数年経っていますが、かなりラディカルな、革新的な変化があったと感じています。特にパンデミック後、人々の行動傾向が変わってきました。それはビジネスやニーズにも言えることです。そしてビジネスという観点から考えると、学習経験であったり、関連性高くいるということがますます大事になっていると感じます。先頭を走るためということもあるのですが、Hyper Islandは、企業が関連性高くいられる、つまり、価値を提供し、重要な存在であり続けることを支援している立場です。
日本とシンガポールでは似ているところがあります。どちらも高齢化社会であり、働き手の中でも、若い人たちと、年齢を重ねている層がいます。会社では、異なる年齢層や階層の間で様々な発生しますよね。
その中でどうやってその人たちが協力して働けるか、そしてつながっていけるかということも、今日考えなければならないことです。私としてはとてもワクワクすることでもありますし、大きなポテンシャルを持っているということでもあります。日本とシンガポールでは差異もつながりもあると思いますが、非常に特徴的で、ユニークな機会が待っているのではないかと感じています。
-シンガポールでも日本と同じく高齢化社会が進んでいるとのことですが、それが、リパーパスプログラム(50歳以上のサードエイジ世代を対象にしたプログラム)が生まれたきっかけなのでしょうか。
はい、まさにその通りです。
高齢化社会によりサードエイジ世代に注目したというか、関連性を持たせたいという観点からでした。考えてみると、今、会社や社会には、5世代の人が存在しています。一方にサードエイジャー、一方にアルファ世代がいるのです。
両極がかなり広くなっており、それぞれのニーズは全く異なります。片方の極にいるサードエイジャーたちに、彼らが職場などで、自分たちもここにいていいという関連性を持ってほしいという思いが源流にあります。
-シンガポールに先んじて、日本でサードエイジ向けのリパーパスプログラムが始まっています。
はい。サードエイジ向けのプログラムは日本が世界で一番早くスタートしました。構想段階から一緒に話しながら作っていきました。シンガポール市場でも、まもなくサードエイジのプログラムが始まる予定です。様々な企業にとってニーズがありますので、ぜひやってほしいという声はかなりいただいています。ワクワクする機会がたくさんあると思いますので、楽しみにしています。
シンガポールと日本における「リスキリング」
-一方で、日本ではリスキリングが叫ばれているものの、なかなか浸透していないという現状があります。総務省統計局が2022年に実施した「社会生活基本調査」によると、社会人の勉強時間は平均1日13分ということが明らかになりました。
ある意味、びっくりはしていません。なぜなら、もし誰かに、「勉強する時間はありますか」という質問をしても、「ありません」という答えが返ってくるでしょう。
ですが、その上で、私がもし「第一線でいたい」とか「重要な存在でありたい」と思うなら、学習することは、かなり大切なことです。私たちHyper Islandは、仕事と学びをつなげるものを作っています。仕事でより良いパフォーマンスをするために、学習する方法を提供しています。
そうすると彼らは学ぶことに対して価値を感じるのです。シンガポールでも、最初はとてもチャレンジなことでした。なぜなら、皆「時間がない」と言いますから。それは一般的に言われることですが、では、こう考えてみたらどうでしょうか。
たとえば6か月から12か月学習することによって、それからの会社での時間はより濃密になって、生産性も上がっていく。それは、投資対効果が高いですよね。
多くの人がイメージしている「学び」は、恐らく、本を読んだりレクチャーを受けたりするような、学校に戻るイメージなのではないかと思います。しかし私たちは、ワークショップを提供したり、実験的なマインドセットを持ってディスカッションしたり、実際に起きている問題をトピックとして解決をしていくということを提供しています。
学びと言っても、机にかじりついて勉強するものではなく、頭の違う回路を使った学びをするというところが、私たちHyper Islandの特徴です。
-シンガポールでは、リスキリングはどのように浸透していますか。
シンガポールでは、リスキリングは、政府の動きとしてかなり中心に据えられているかなり重要な要素です。各業界における職務とそのために必要なスキルを明示したSkills Frameworkというものがあります。各トレーニングプログラムを受講することができ、かなり深堀りしており、時間もかかるものです。
シンガポールでなぜリスキリングが重要視されているかというと、やはり高齢化社会というのが一つの要因です。そしてもう一つの要因は、テクノロジーの変化です。さらにシンガポールでは、定年退職の年齢が高いので、長く働いてもらわなければなりません。
日本ではリスキリングがあまり浸透していないとおっしゃっていましたが、これは機会であると捉えています。なぜならHyper Islandは、フロントランナーになるという役割があるからです。
メッセージ
-最後に、Hyper Islandに興味を持っている人、この記事を読んでいる人にメッセージをお願いします。
もしも、未来のことを学びたい、必要を感じているならばぜひHyper Islandに入っていただければと思います。学習していくコミュニティなので、安全に学べる場所をご提供しています。学習と仕事というのは切り離されているものではなく、それらが共存している形で提供しています。私たちの究極のゴールは、生涯学習者を作っていくことです。未知の世界を生き延びていくための学習を提供していきたいと思っています。もしくは興味ではなく、恐れを抱いている人も、ぜひHyper Islandに来ていただければ、私たちがサポートできるのではないかと思います。
Hyper Island Japanチーム
北欧発のビジネススクール「Hyper Island」の日本チームです。
Hyper Islandのメソッドや思想をもとに、企業や個人の学びにつながる情報を発信しています。