トップページブログ【後編】シンガポールにおけるリーンスタートアップのスペシャリストに聞く、テストの真の価値とは

【後編】シンガポールにおけるリーンスタートアップのスペシャリストに聞く、テストの真の価値とは

2019.06.17 更新

#UX/UI#グローバル#TDSレポート

シンガポールを本拠地とするThe Testing Ground社はスタートアップの創設者のために、実践的で、かつ速やかにアイデアをテスト(検証)するためのプログラムを提供しています。

目次

    Bryan Long / The Testing Ground

    創立者のブライアン氏はシンガポール政府の奨学生としてMBA、エンジニアリングとロースクールの学位を修めたのち、テスト(検証)の真の価値を提供するThe Testing Ground社とリーンスタートアップ協会をシンガポールで立ち上げました。輝かしい経歴を持つブライアン氏ですが、いきなり成功したわけではありません。


    失敗の経験から、テスト(検証)を何度も実践し、そこから学びを得て現在のポジションに到達しました。

    【中編】では、ブライアン氏の経験と視点を交えながら、テストをすることがなぜ大事なのか、成功するためのメンタリティについて、語っていただきました。今回お届けする【後編】では、The Testing Ground社の提供するサービスとマインドセット、そして日本市場と起業家へのメッセージをお伝えします。

    関連記事:【前編】シンガポールにおけるリーンスタートアップのスペシャリストに聞く、テストの真の価値とは

    関連記事:【中編】シンガポールにおけるリーンスタートアップのスペシャリストに聞く、テストの真の価値とは

    クライアントへのテスト支援について:「クッキーモンスター」を見つけよう

    –  どのようにクライアントを支援しているのか、またどのようなヒントをクライアントに示しているのかについて、特徴や典型的なフローを教えてください。

     

    ブライアン:実はいたってシンプルです。まず、我々は全てのプロジェクトを自分たちのビジネスのように扱います。そしてクライアントに対して耳触りのよい、優しいことだけを伝えるということを一切しません。礼儀をわきまえて、真実を伝えています。

    もしクライアントが、組織の中でプロジェクトの承認を得るための「援護射撃」を私たちに求めてきても断ります。私は「顧客」ではないので、商品やサービスに価値があるかどうかを評価できません。大事なのは顧客と対話することと、失敗と変化を受け入れることです。

     

    –  それはどのように行っているのですか?

     

    ブライアン:事務所から出て、現場に出て「顧客」と話をします。インタビューやエスノグラフィー(行動様式分析)、デザイン思考的なインタビューにとどまらず、「コミットしますか?できますか?」と問いかけます。

    どうしても使いたい、いますぐ解決したい問題を持っている人たちのことを、我々は「クッキーモンスター」と呼んでいるのですが、そのような人物を見つけることを一つの達成ポイントとしています。広く、多くの人にテスト(検証)をするのは難しいので、どうしても獲得したい顧客を一人見つけることを最初の目標とします。その「クッキーモンスター」を見つけるまで、テスト(検証)を続けていきます。そのような人たちをたくさん見つけた時こそ、拡大や成長が見込めるタイミングです。

    その際には、クライアントに「インスタグラムで実験をしましょう」など、スケール化できる実験の実施を提案します。その瞬間に、クライアントは最初に想像していたビジョンと、テストを通して得たことが大きく異なることに気づきます。それが典型です。

     

    –  それが顧客中心であることなのですね。

     

    ブライアン:顧客が本当に求めていることを実施したいのならば、まずテスト(検証)するというスタンスをとりましょう。それこそが実験・実証に本物の顧客を活用する強みです。私は絶対に顧客自身と話す必要があるのだと強く信じています。私のミッションは素早く顧客を見つけ、対話し、学びを得ることです。そして「クッキーモンスター」を見つけることができれば、アーリーアダプターを知り、彼らにどのように売ることができるのかを知ることができます。すでに顧客と対話しながらマーケティングしているのですから、最初のローンチが容易になります。

     

    –  素晴らしいです。そして興味深いですね。ブライアンさんは、クライアントに「失敗してもよい、そこから学ぶのだ」という考えを提供しているようですね。

    冷静に分析してみよう:厳しくも優しく

    ブライアン:スタートアップ企業もプロジェクトチームもそうですが、実は私は一線を引いてやり取りをしています。特に起業家ですが「現実湾曲空間」を強く持っています……つまり、アイデアを盲信していて、実際よりも素晴らしいアイデアだと思い込んでいることがあります。パンやお米以上に素晴らしい発見だ!と本気で信じているのです。そこに「ちょっと待ってください。本当にそうですか?」と一石を投ずる必要があります。アイデアの成功がどのぐらい難しいのか現実を見てもらいます。

     

    –  まずは自分自身を見つめてもらうのですね。

     

    ブライアン:例えれば、一般兵をSWATのような特殊部隊に鍛え上げるのと同じです。The Testing Ground社はクライアントを激励し、今までにないくらい努力をしてもらいます。本気でコミットする準備はできているのか、「失敗」を経験する準備ができているのかというマインドセットを持ってもらいます。

    私はクライアントを優しく扱いません。礼儀正しく接しますが、厳しい目で、集中し、分析し、考え直すことを促します。「本当にやりたいビジネスやサービスなのか?」「あなた(クライアント)が、このサービスや製品を提供する、唯一無二の存在であるのか?」と考え抜いてもらいます。

     

    – マインドセットの変化と内省を促進していますね。

     

    ブライアン:実は、これは創始者にとって大きなメリットなのです。「本当にやりたいこと」を明確にすると、投資家へ伝えるストーリーも生まれます。つまり、アイデアではなくジャーニーに進化します。辛かったり努力が必要だったり……諦めかけたが、顧客を見つけたというストーリーとジャーニー、つまり価値を見つけた物語が生まれます。そしてそのストーリーは顧客も求めていることなので、チームと顧客が繋がり、とても大きな価値となります。スタートアップにとってとても素晴らしいスタートを切ることが可能になるのです。

    各ステップでそれぞれのツールの強みを活用しよう

    –  デザイン思考やUXの知識が豊富にある方たちが「このようにすべきだ」というディスカッションやディベートをよくしていることがあります。このような方たちが成功するために変わらなければいけないこと、何に注力すべきかを教えていただけますか。

     

    ブライアン:第一にデザイン思考とリーンスタートアップのマインドセットは大きく異なります。デザイン思考はソリューションや製品に焦点が当たっています。一方、リーンは起業家的マインドセットであるということです。すなわち、どうやって稼ぐのかが焦点になってきます。

    そもそも顧客が存在していなければ、稼ぐことはできません。ソリューションだけでは意味がないのです。多くの人が UX理論を持っていますが、本当の意味で顧客と話す必要があります。デザイン思考的に「顧客と話す」のは、問題を理解してソリューションを編み出すための会話ですが、「機会はあるのか?という観点で話す」のとは異なります。問題解決とビジネスチャンスの違いです。この二つは全く異なります。

     

    –  ソリューションを編み出すのと、実際に顧客がいて、売る対象がいるのかを検証する違いですね。

     

    ブライアン:リーンでは、モックアップやワイヤーフレームではなく、進行度をテスト(検証)された学びの量で測ります。つまり、顧客についてどれだけ学び、知ったかということです。

    顧客につながる方法、語りかける方法、売る方法、ソリューションを試す方法、パートナーを活用する方法など、全て製品以上に重要なことだと思っています。例えば世界最高峰の製品を持っていても、顧客に届ける方法がなかったら、全く意味がないのではないでしょうか?ビジネスモデルがありません。

    アジャイルでいるだけでもいけません。最高のプロダクトを、素早く無駄なく世の中に出す。ウォーターフォール型であった無駄を一切なくすことは素晴らしいですが市場に出して、全く需要がなかったら?顧客がいなかったら?営業チームが顧客とつながる方法を全く持っていなかったらどうでしょうか。

    つまりリーンスタートアップは現場でお金になる領域はどこだろうかと探すもので、デザイン思考やアジャイルは、プロダクト側の話のことです。

     

    –  ではどのようにすべきでしょうか?

     

    ブライアン:私たちは、JTBD(ジョブ理論)分析を行って、まず問題を認識してもらいます。

    次にJobをリーンに実施してもらい、実験を行います。大きなJobなのか?大きな問題なのか?もしそうだとしたら、素晴らしいことでしょう。

    その次にデザイン思考を活用します。ソリューションを見つけるのです。

    そしてリーンにテスト(検証)し、顧客がお金を払ってくれるのか否かを確認します。次にアジャイルです。製品の細かい要素の全てをできるだけ早く具現化して、MVP(実用最小限の商品)を見つけ出し、顧客に提供して販売します。リーンスタートアップです。そして常に構築・発展を続けていきます。Job理論、デザイン思考、ソリューション、アジャイル、製品開発など、全部のステップでリーンを活用します。テスト(検証)を行い、「お金になるのか?お金になるのか?お金になるのか…?」と問い続けます。

     

    –  つまり、リーン、アジャイル、デザイン思考などをそれぞれのステップで活用するべきだということでしょうか。

     

    ブライアン:全て補完しあっている関係にあります。デザイン思考に長けている人はそれを行い、次のステップでテスト(検証)しましょう。そしてテスト(検証)における前提として大事なことは、信頼することです。例えば顧客から得るデータを信頼すること、「上司である私の意見の方が大事だ」「同じようなプロジェクトに関わっていたので、私の意見が正しい」などとは考えず、謙虚に、平等に扱うことが大事です。「テスト(検証)されていない学び」と呼んでいるのですが、顧客とテストをしていないインサイトがあります。これは全く正しさが証明されていません。つまり未検証の学びです。

    一方で、何か知っていたり、気づきがあったり、正しいことに自信を持っているならば、テスト(検証)をしても問題ないかと思います。ただ、ビジネスモデルの全てを試している訳ではありません。現実的に全てをテスト(検証)する時間はありません。

     

    –  ではどの部分をテストすべきなのでしょうか。

     

    家の基礎をイメージしていただけるとわかりやすいと思います。壁などではなく柱などの重要な部分です。つまり「プロジェクトの根幹となる、想定・推定」のことを指します。そのような要素をテスト(検証)しましょう。もしよい結果が得られたら、進めるべきサインになります。デザイン思考は素晴らしいテクニックで絶対に通用します。しかし、お金を払ってくれる顧客を獲得するためには、テスト(検証)する必要があります。これはデザイン思考とは全く違う領域です。デザイン思考ではこの問いに関する回答は出ません。

    日本と起業家へのメッセージ

    –  日本の読者にメッセージをいただけますか。

     

    ブライアン:リーンという言葉はトヨタから生まれています。リーンエンジニアリング、つまり無駄なく行うこと。プロセスから無駄を省くこと……日本人は正しく行うこと、つまり最適化や時間通りにものを行うことを本当に素晴らしく実行されていると思います。他方、完璧を目指すと「何を行ったらいいのか?」「何が正しいのだろうか?」という思考が忘れ去られがちです。そこでリーンスタートアップです。

    リーンスタートアップを日本式な生産に対する姿勢と組み合わせたら、とても強力なエンドプロセスが生まれます。悲しいことに、リーン生産、リーンエンジニアリングは精神的な指針として大きくなりすぎています。「確証がないもの、曖昧なもの、ボヤけたものをどう取り扱うか?どうやってテストしようか。」この考えを持つ必要があるのではないかと思います。

    スタートアップ時は先がよく見えません。物事は混沌としていて、ぐちゃぐちゃです。リーンスタートアップはそのためのプロセスなのです。プロセスはとても効力があるので怖がらずに使いましょう。スタートアップの初期のイノベーティブなステージに活用し、さまざまな市場・顧客にスケールして行きましょう。リーンはトヨタが源流なので、日本の方が親和性が高いのでないでしょうか。

     

    –  ありがとうございます。若い起業家に向けて、メッセージやアドバイスをいただけますでしょうか。彼らのモチベーション、新たなことを始めるということ、達成したいということに、締めの言葉でいただければ嬉しいです。

     

    ブライアン:まずは失敗することに慣れましょう。失敗という言葉は、汚いものではありません。当たり前ですが失敗することは目的でもありません。失敗したくてスタートアップを始めるわけではありませんよね。失敗はプロセスの一部であるということを理解してください。マインドセットを変えましょう。失敗時に「私にとってどのように、最大の学びにできるのだろうか?」と考えてください。ああ、失敗だったなと思わずに、そう考えてください。お金を失ってしまった、私の力不足だった……など、自分の可能性を疑わないようにしてください。もしも失敗や不手際があったとしたら、他の人や顧客、オンラインで学んだりしましょう。インターネット時代の素晴らしさは、情報というものが個人の頭だけにあるのではなく、いたるところに存在しているということです。

    何をいつ学ぶべきなのか?失敗とは観測ポイントである。

    ブライアン:何を学ぶべきなのかは、どのように学ぶかを知った時だけにわかります。つまり、「失敗」した時だけです。 失敗したからって、あなた自身が駄目だったわけではありません。「上手くなりたい」と強く思うことが肝心です。失敗とは学習プロセスの最初の一歩です。十分に学べたら、成功の道を歩き始めるでしょう。したがって、失敗はプロセスの序盤だと受け入れてください、間違いではありません。よい悪いではなく、データ観測ポイントの一つとして捉えてください。データポイントを線で繋いでいけば、ただのトレンドにしかすぎなかったということがわかります。一度や二度の失敗をしたからといって、あなたが駄目だったということではありません。

    失敗時には「ふむ、ちょっと待てよ。何かおかしいな」と立ち止まって考えましょう。もしも見過ごしてしまったら、気づくことすらないのですから。立ち止まり、自分のスキルセットやマインドセットに失敗を起こしている要因がないか振り返りましょう。振り返り、傾向を見て間違いを繰り返していることに気づけば、変わらなければいけないということに気づきますよね。つまりは、メンターやコーチ、またはオンラインで学んだりして、自分を向上させて、「失敗」を失敗のままではなく、成功のための道のりに変えましょう。あなたがなりたいもの、達成したいことへと向かって進めて行きましょう。

    インタビューを終えて

    完璧を目指すことはとても美しいことだと思います。しかし、インタビューを通して気づいたことは、その「完璧」をテスト(検証)するのが肝心だということ。つまり、進んでいる方向やビジョンは正しいのかを振り返ることが大事なのだと感じました。船が羅針盤を使い、進む方向を1度変更するだけで、到達点は大きく異なります。チェックをして、よい方向に向かっているか、常にルートを見て、確認すること、そして市場で試すことが本当に重要だとわかったインタビューでした。

    ※この記事はTDSブログへ統合する以前のddpostの記事です。

    KAZUHIRO.S

    デザイナー&日英通訳者

    Boston Univ.にてデザインを修め、帰国後ゲーム会社の海外CRM、自動車アナリスト、海外営業&マーケティングなどに携わる。横須賀生まれ横浜育ち、インター培養のバイリンガル。猫は全ての頂点に立っていると頑なに信じている。